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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)231号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 また、請求の原因四の1(一)ないし(三)、同2(一)のうち、モリブデン又はニオブの添加目的も当事者間に争いがなく、この事実によれば、本願発明と引用例記載の発明は、いずれも、航空機用エンジンの部品のように高温及び高応力に曝される部材に使用されるチタン合金についての組成の選択に関する発明であつて、その目的も、右用途上必要とされるチタン合金の諸特性、殊に、モリブデン又はニオブを安定化剤として添加することにより(引用例記載の発明においては、安定化剤としてこのほか、タンタル、バナジウム、タングステンが添加されることもある。)、クリープ強度やクリープ試験前後の引張り延性(以下「クリープ強度等」という。なお、これらの意味、測定方法及び測定値の意義は請求の原因四1(二)、(三)に記載のとおり。)の改善に存する点で共通するものである。また、引用例に審決の理由の要点2摘示のとおりの記載があること及び同3摘示の本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点についても当事者間に争いがないところ、これによれば、本願発明と引用例記載の発明との相違点は、要するに、両発明がチタン合金に添加するものとしている金属のうち、モリブデンとニオブについては、本願発明が両者とも必ず添加すべきものとしているのに対し、引用例においては、タングステン等の他の元素とともにまとめられたグループのうちから少なくとも一種以上を選択して添加すべきものとされ、また、その添加量も、本願発明が、ニオブ一重量%、モリブデン〇・二五ないし〇・三〇重量%と限定している(したがつて、その総量は一・二五ないし一・三〇重量%になる。)のに対し、引用例においては、右のグループ全体の添加量につき、その総量を〇・一ないし一・二重量%の範囲内とすべき旨記載している点にのみ存するものである。

三 取消事由に対する判断

1 取消事由(1)について

(一)(1) 前記当事者間に争いのない引用例の記載や成立に争いのない甲第四号証(引用例)によれば、引用例には、審決の理由の要点2<1>の摘示の「好ましい」チタン合金の組成に関する記載(訳文二頁下から一四行ないし一〇行)に続いて、<1>「最適の性質は溶融範囲内の四・七から五・三パーセントのアルミニウム、五・五から六・五パーセントのスズ、〇・五から二・五パーセントのジルコニウム、〇・四から一・一パーセントのモリブデン、〇・二から〇・三パーセントのケイ素よりなる組成において、より限定的には、五・〇パーセントのアルミニウム、六―〇パーセントのスズ、二・〇パーセントのジルコニウム、〇・八パーセントのモリブデン及び〇・二五パーセントのケイ素よりなる組成において得られることが判明した。」(同頁下から一〇行ないし四行)、<2>「安定化剤―この場合はモリブデンであるが―の影響は、表Ⅰ中の4、6、7番合金と3番合金を比較することで判る。〇・四パーセントというわずかなモリブデンを加えることで改善されたクリープ強度が得られる。〇・八パーセントのモリブデンで、優れたクリープ強度が維持される。しかしながら、モリブデンが一・二パーセントのレベルに達すると、クリープ強度は徐々に低下し始める。さらにモリブデンの量を増やすと、8番合金に示される通り、クリープ強度はさらに減少する。クリープ強度の改善はβ安定化剤―例えばモリブデンのα相における溶解度により限定されると考えられる。最高のクリープ強度は最大の溶解度に於て得られ、それはモリブデンでは約〇・八パーセントである。」(訳文四頁二三行ないし五頁六行)、との各記載のあることが認められる。

(2) また、前掲甲第四号証によれば、引用例の表1(別表(一))には、チタン合金に対し九五〇度Fの温度条件下で、四五K.s.lという荷重を九六時間かけたクリープ試験の結果及びクリープ試験前後における機械的特性の測定結果がまとめられており、これによれば、アルミニウム六重量%、スズ三重量%、ジルコニウム三重量%、ケイ素三重量%を含有する特定のチタン合金についてではあるが、モリブデンを添加しない第三合金の変形率が〇・〇八Def.%であるのに対し、〇・四重量%のモリブデンを添加した第六合金の変形率は〇・〇三Def.%とクリープ強度において大幅に改善されていること、また、〇・八重量%のモリブデンを添加した第四合金(ケイ素の添加量は第三、第六合金と同じ〇・三重量%である。)の変形率は〇・〇一、〇・〇三、〇・〇四Def.%(測定を三回したものと解される。)、同合金とモリブデンの添加量が同一である第五合金(ただし、ケイ素の添加量は〇・一五重量%である。)の変形率は、〇・〇三、〇・〇四Def.%(同じく測定を二回したものと解される。)、一・二重量%のモリブデンを添加した同表の7(以下「第七合金」という。)の変形率は、〇・〇九Def.%、二・〇重量%のモリブデンを添加した同表8(以下「第八合金」という。)の変形率は〇・一五Def.%であること、更に、クリープ試験後の絞り(RA.%)においても、右各合金につき、クリープ強度におけるとほぼ同様の第三合金に対する改善傾向が示されていることが認められるとともに、他方、モリブデンの添加量が〇・四重量%未満の場合についての測定結果を示す記載はないことが認められる。

(二) そこで、モリブデンの添加量が〇・四重量%未満の場合についての引用例の開示内容について検討する。

(1) 前記のように引用例におけるモリブデンの添加目的が、主として、チタン合金のクリープ強度等を改善することにあることは当事者間に争いがないところ、前記審決の理由の要点2<1>摘示の記載にみられる、引用例が右目的達成のために「好ましい」とする組成においては、モリブデン自体の添加量は特定されておらず、他の金属とともに安定化剤として一グループにまとめられたもののうちから一種以上の金属元素が選択された場合の添加総量の範囲を〇・一ないし一・二重量%とすべきことが示されているのであるから、右記載によれば、引用例が、下限値の〇・一重量%以上であれば、〇・四重量%未満のモリブデンの添加でも右目的にとつて一応好ましいとしているものであることは明らかであり、前掲甲第四号証によるも、引用例中にこれに反するような記載を見出し得ない以上、引用例は、〇・四重量%未満のモリブデンの添加によつても、右目的のために好ましい結果を示すものであることを示唆するものと認めざるを得ない。

(2) そして、この点に関し、原告は、引用例は、モリブデンの添加量が〇・四重量%未満の場合はクリープ強度の改善が十分でないことを示唆するものである旨主張する。

しかしながら、前記のように、引用例にもモリブデン添加量の下限値が〇・一重量%以上であれば、その添加が〇・四重量%未満であつても、モリブデン添加の目的、すなわちクリープ強度等の改善のために好ましい結果がもたらされる旨の記載が認められる以上、原告のように、添加量の下限を〇・四重量%において論ずることは(たとえ引用例に〇・四重量パーセント未満の添加についての実験データが示されていなくても)、相当ではなく、右の主張は採用できない。仮に、原告主張のように添加量〇・四重量%の前後において改善効果に差があるとしても、それは程度の差にすぎないものというべきである。このことは引用例の前記のような記載のほか、前記一(1)<2>に認定した「モリブデンが一・二パーセントのレベルに達すると、クリープ強度は徐々に低下し始める」との引用例の記載からも窺い知ることができる。右記載はモリブデン添加量を増加させた場合のクリープ強度低下に関するものであるが、このことは、その添加量を減少させる場合に生ずるクリープ強度の低下にもあてはまるものと推認して差支えなく(引用例にはこれを否定する記載はない。)、原告主張の添加量〇・四重量%を境として更に減少させるとその近傍において合金のクリープ強度が急激に低下するものとはとうてい考えられないところである。なお、引用例は、その好ましいとするチタン合金の組成割合を更に限定してはいるが(モリブデンについても〇・四重量%ないし一・一重量%、最終的には〇・八重量%まで限定している。)、それは好ましいとされる組成割合の中でも、より効果の優れた割合のものを選び出したにすぎず、それ以外の割合のものは、前記のような好ましいとした組成の範囲にあつても、クリープ強度等の改善を期待できるチタン合金として採択し得ないことまでをも意味しているものと解することはできない。

また、原告は、引用例の特許請求の範囲ではモリブデンの添加量が〇・四重量%以下の場合が除外されていることをもつて、引用例の示唆が原告主張のようなものであることを窺わしめる根拠とするが、前掲甲第四号証によれば、右特許請求の範囲の限定が前項(1)<1>のように、「好ましい」組成を更に限定した結果によるものにすぎないことは明らかであるから、原告の右主張も採用し得ない。

そして、他に、前項の引用例の記載や、引用例の全記載によるも、その開示内容を原告主張のように解すべき理由は見当たらない。

(三) そうであれば、引用例は、モリブデンの添加量が〇・四重量%未満の場合でもクリープ強度等が改善され得る点をも示唆するものというべきであり、この点に関する審決の認定判断に原告主張のような誤りはないから、取消事由(1)は採用し得ない。

2 取消事由(2)について

(一) 引用例記載の発明におけるニオブの添加目的も、本願発明同様、主としてチタン合金のクリープ強度等の改善にあること及び引用例に審決の理由の要点2<3>摘示のとおりの、モリブデンとニオブを含有し、その成分が本願発明と同一であるチタン合金(引用例の表Ⅱの11の合金、第一一合金)が記載されていることは当事者間に争いがなく、また、前掲甲第四号証によれば、引用例には、「第二表に示されている一連の例は、バナジウム、コロンビウム及びタングステンを加えることによる改善をあらわしている。……11番合金は、ケイ素に加えて、コロンビウムとモリブデンを含んでいる。」(訳文五頁一三行ないし一四行)との記載があること、これらの元素の添加効果に関し、前記1(一)(2)記載のモリブデンの添加に関するものと同様の試験結果が表Ⅱ(別表(二))としてまとめられており、これによれば、第一一合金のクリープ試験によるDef.%はモリブデン、ニオブとも含有しない第一合金に比し改善されていることが認められる(なお、前掲甲第四号証によれば、同表において第一一合金の変形率は第一合金の変形率と同一の〇・〇八Def.%であることが示されているが、両者のクリープ試験の条件が、その温度において、第一合金が九五〇度F、第一一合金が一〇〇〇度Fと相違していることが認められ、また、成立に争いのない乙第五号証の一ないし三(昭和三五年一〇月一日、朝倉書店発行の「金属工学実験法」)の二八四頁には、右変形率は高温条件下におけるほど大きくなるものである旨記載されていることが認められることに照らせば、前記のとおり第一一合金に改善のあとが認められるものであつて、この点に関する原告の主張は誤りというほかない。)。

(二) 以上の事実に、前記審決の理由の要点2<1>摘示の引用例が「好ましい」とする組成によれば、同組成にはモリブデンとニオブの複合添加の場合が含まれることを合わせ考慮すれば、引用例には、モリブデンとニオブの複合添加によつてもチタン合金のクリープ強度が改善される点が示唆されているというべきであつて、審決の認定判断には、この点に関しても誤りはないというべきである。

(三) この点に関し、原告は、審決の理由の要点2<1>に摘示された「好ましい」チタン合金の組成では、モリブデン及びニオブが他の金属元素とともに属する安定化剤のグループにおける添加量の範囲内であれば、グループ中のどの金属をどのような割合で含有させても、できあがるチタン合金の特性に大きな差異がないことが前提とされているから、本願発明が、モリブデンとニオブをいずれも必須の構成元素として選択し、更にこれを一定の割合で含有させることにより、クリープ強度等を顕著に改善したとする点の示唆がある筈はない旨主張するが、成立に争いのない甲第二(本願発明に係る特許公報)、第三号証(昭和五九年一〇月二六日付手続補正書)によつても、本願発明がモリブデンとニオブを必須の構成元素として、一定の割合により複合添加したことにより、引用例がグループとしてまとめる安定化剤としての金属元素の単独添加又は組み合わせて添加した場合に比し、格別の効果を奏するものとも認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もないから、原告の右主張は、その点において既に採用しがたいものといわざるを得ない。

(四) また、原告は、引用例中に具体的に記載された合金組成のうちでモリブデンとニオブの両者を含む唯一の例である第一一合金は、モリブデンのみを添加した第二合金との関係では、かえつて、クリープ強度を非常に悪くしているから、引用例においては、むしろ、モリブデンとニオブの複合添加はクリープ強度の改善のために望ましくないことが示唆されているものである旨主張するところ(なお、原告は、第一一合金と第一合金との比較をも根拠としているが、この点が理由のないことは前記したところから明らかである。)別表(二)によれば、第一一合金の変形率が〇・〇八Def.%であるのに対し、第二合金のそれは〇・〇一Def.%であることが認められるが、両者の実験の際の温度が異なつており、そのままの数値で優劣を比較するのは相当でないし、仮にこの点に関しては原告の指摘するとおりであるとしても、これは特定の組成における一つの例にすぎず、前記当事者間に争いのない事実によれば、引用例において好ましいとされているチタン合金の組成割合には幅があるのであるから、この一例のみをもつて、直ちに、原告主張のように、引用例がモリブデンに加えてニオブを添加することを望ましくない旨示唆しているものということはできない。

更に原告が指摘する、引用例の特許請求の範囲においてはモリブデンとニオブの両者を含むチタン合金は含まれていない点が、前記認定を妨げるものでないことは、取消事由(1)において説示したのと同様な理由により明らかというべきである。

(五) そうであれば、取消事由(2)も理由がないものというほかない。

3 以上のとおり原告主張の取消事由はすべて理由がなく、また、他に、審決を取り消すべき理由を認めるに足りる証拠もないから、審決の認定判断は正当というべきである。

四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

アルミニウム五・四~五・五重量%、スズ二・五~三・五重量%、ジルコニウム三重量%、ニオブ一重量%、モリブデン〇・二五~〇・三重量%、ケイ素〇・三重量%、残部チタンよりなる耐熱、耐応力チタン合金。

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